
Kawasaki
Z900 SE
2026年モデル
総排気量:948cc
エンジン形式:水冷4ストロークDOHC4バルブ並列4気筒
シート高:810mm
車両重量:215kg
発売日:2025年7月15日
税込価格:166万1000円
耳慣れない電子音で目を覚ました。自宅の布団に比べて反発力のあるベッドから抜け出る。遮光カーテンをめくり、窓を開けると、顔面に針のような冷気が突き刺さった。
テレビをつけると、地元局の番組が最低気温2℃・最高気温9℃、前日より10℃近く冷え込むと伝えている。
11月下旬の石巻は、やっぱり寒い──。

Z900 SEの不思議な魔力
昨日、別件の撮影を茨城と福島の県境付近で終えた。予定より早く、陽が沈む前の解散となったことが、旅のきっかけだ。
晩秋にしては暖かい。目的地は決めていない。とりあえず北へ向かってみるか、と地図アプリも開かず、Z900 SEで国道6号線を北進した。

暗くなり始めているが、まだ出発地と同じ、いわき市を抜けられない。同市は福島県で最大面積を誇る。このときは、いわきを抜けて2つ3つ町を跨いだら、宿を探そうかなと思っていた。
そうして気づいたら仙台が射程に入っていた。

▲「道の駅 そうま」にて。
夜が深まっていく時間帯に北上すると、この時期は夜の冷気と北上による気温低下のダブルパンチで寒さが増していく。福島県相馬市の「道の駅 そうま」で一度暖を取り、使い捨てカイロを貼るなどして、防寒対策を整えた。
信号が少なくペースのいい国道6号線のおかげで、21時前には仙台市内に入った。国道標識は6から4に変わる。そこで石巻に泊まることを決め、宿泊アプリで予約を入れた。チェックインの門限が迫っているため、塩釜から松島周辺は三陸沿岸道路でワープした。

▲仙台市内の国道4号線。何度訪れても車線数の多さにひるむ。ここは片側7車線。
早朝に東京を出てから420km以上走っていた。そのうち一般道は半分以上。メーターに表示された記録を見て、Z900 SEのポテンシャルに驚かされた。

▲この日の走行距離は421.1km。
夜道を走りながら思っていたが、このストリートファイターは乗り手の魂に触れてくる。「まだ走りたいだろ?」「いま楽しいだろ?」「シタミチも悪くないだろ?」「高速も得意なんだぜ」と、いちいち挑発じみた鼓舞を受けた気がする。
早朝から撮影を行ない、それなりに疲労感はあったはずなのに、そこから7時間ほど休憩を挟みつつ走っていた。三陸行きは私が選んだというより、選ばされたように感じてしまう。

▲夜、食堂を探して石巻の街中を散策した。平日の22時を過ぎていたことで、チェーンの居酒屋かよそ者が一軒目に入るにはかなり勇気のいる酒場しか開いていない。

▲夜、食堂を探して石巻の街中を散策した。平日の22時を過ぎていたことで、チェーンの居酒屋かよそ者が一軒目に入るにはかなり勇気のいる酒場しか開いていない。

▲夜、食堂を探して石巻の街中を散策した。平日の22時を過ぎていたことで、チェーンの居酒屋かよそ者が一軒目に入るにはかなり勇気のいる酒場しか開いていない。

▲やむなくコンビニで東北限定販売の宮城県名物・油麩丼を買った。会計時、この地域の優しいイントネーションに癒される。旅情あふれる魅力的な町なので、ゆっくりお酒を飲めるときにもう一度来たい。
牡鹿半島の海岸線をゆく
宿のチェックアウトを済ませて、三陸の旅を開始する。
東京とは明らかに異なる質の寒さだ。空気が冷たい。同じ気温でも北緯が高い地域の方が寒く感じるのは、ただの先入観ではないだろう。とはいえ路面が凍結ほどではない。
Z900 SEに標準装備されている電源ソケットに、電熱ジャケットのケーブルをつないだ。これで日中なら、まず問題ないはずだ。石巻の市街地から、牡鹿半島の先っぽを目指してみることにした。

▲電源ソケットはフロントカウル内にさりげなく備わっている。
昨夜の北進時は、Z900 SEにとりつかれたかのようで、妙な怖さも感じたのだが、すぐにそうではないと分かった。
単純にモーターサイクルとしての面白さが凝縮されているのだ。
排気量が948ccもあるようには見えない、コンパクトな車体。それは引き締まったアスリートの肉体が見かけ以上に、筋肉量の多さから重いことに似ている。

走りの質も強靭そのものだ。出力がフルパワーとなるライディングモードの「SPORT」「ROAD」は、スーパースポーツマシンのような鋭い加速を見せる。発進時から、軽やかかつ踏ん張りの効いた力強さを発揮する。
休憩後に再び走り出す一発目の加速で、すでに何度も度肝を抜かれた。見た目はスリムで、足つき性がよく、取りまわしもしやすい。ライディングポジションの自由度が高く、前傾姿勢をとらずに乗ることもできる。
そのため、つい油断してしまう。扱いやすい可愛い子ちゃんだと錯覚したら、痛い目をみる。

朝の街道を抜け、万石浦にかかる橋を渡ると、牡鹿半島に入った。
ステージが変わり、ライダー好みの県道が延びる。Z900 SEは如魚得水といった様子で、周りのクルマと変わらぬ速度で走っていても切れ味の鋭さがビシビシと身体と心に響く。「どうだ、面白いだろ?」と4気筒の排気音が語りかけてくる。

この牡鹿半島は三陸海岸の南の端でもある。万石湾や石巻湾は牡蠣の産地として有名だ。この桃浦漁港でも生産や加工が行なわれており、牡蠣殻が山積みにされていた。

▲桃浦漁港

▲桃浦漁港

▲桃浦漁港
上空では雲が勢いよく流れている。パラッと天気雨に降られて焦ったが、ほんの数分の出来事で、通り過ぎると澄みきった青空が広がった。

牡鹿半島の西側をゆく県道2号線を走り続けていると、休憩にちょうどよさそうなスポットが見えた。


2021年に完成したという十八成浜ビーチパーク。十八成浜は「くぐなりはま」と読む。広々した駐車場は、インフィニティプールのように海とつながって見え、遮るものがない。何て気持ちのいい場所なんだ!

冬の柔らかな日差しが心地いい。防寒装備を整えていれば、寒さは感じない気温になった。カモメの鳴き声が心を緩ませる。
クルマはほとんど通らず、波と風の音、カモメの声に混じって、さまざまな野鳥のさえずりだけが聴こえる。静かだけど、とても賑やかだ。

予期せぬかたちで始まった旅だが、本当に走ってきてよかった。


