今回は創業者・川崎正蔵と初代社長・松方幸次郎のエピソードとあわせて創業の歴史をご紹介します。
ep1: “安全な船を造る”という不屈のスピリット
カワサキの創業者、川崎正蔵(かわさき しょうぞう)は、1837年(天保8年)に鹿児島城下・大黒町の商人、川崎利右衛門の長男として生まれました。
若い頃は長崎や大阪で貿易業、海運業に携わり、船で各地を行き来していました。しかし、当時の木製和船は荒天に弱く、正蔵自身も幾度となく海難事故を経験したとされています。
「木製和船が海難事故に弱いのなら、西洋型の頑丈な鋼船を造れば、人々がより安全に海を渡れる」――。そう考えた正蔵は、安全な船を造るという目標を掲げ、近代的造船業への進出を決断します。
自らの体験を原動力に、困難を新たな技術への挑戦へと変える姿勢。この不屈のスピリットが、現在のカワサキにも通じるものづくりの原点です。

創業者・川崎正蔵
ep2:起業したのは40代~新たな挑戦
1873年(明治6年)に発令された政府の造船奨励策も正蔵の意欲を後押しし、1876年(明治9年)、39歳の時に造船所建設計画をまとめました。西洋型帆船を年間20隻建造する計画でした。
そして1878年(明治11年)、正蔵が東京・築地に「川崎築地造船所」を設立し、夢への第一歩を踏み出したのは40歳のとき。新たな挑戦でした。
1881年(明治14年)、神戸に「川崎兵庫造船所」を開設。政府が建設した官営兵庫造船所の民間払下げが公示されたため、即申請。1887年(明治20年)に無事、払下げが決定したことで「川崎兵庫造船所」と「川崎築地造船所」を官営兵庫造船所に集約し、「川崎造船所」を設立しました。
こうして正蔵は、40代からの挑戦によって、一代で大規模な造船所を築き上げました。年齢にとらわれず、情熱と行動力で新たな道を切り開く姿勢は、カワサキの挑戦する企業風土にもつながっています。
ep3:後継者に大抜擢した初代社長・松方幸次郎
造船所が成長を続け、近代的な株式会社へと生まれ変わろうとしていた時期に、正蔵が後継者として選んだ人物が、松方幸次郎(まつかた こうじろう)でした。

初代社長・松方幸次郎
1896年(明治29年)10月15日、株式会社川崎造船所が誕生。松方幸次郎は初代社長に就任し、会社の発展を担いました。これを機に、川崎造船所は近代的な企業としてさらなる成長を目指していきます。
正蔵が培った造船技術と、幸次郎の幅広い知識・行動力。この2人の異なる才能が、後の川崎重工業へと続く発展の基盤になりました。
ep4:船からはじまり、 陸・海・空すべてに進出

1897年(明治30年)貨客船「伊豫丸(いよまる)」進水式
株式会社川崎造船所第1番船。

1911年(明治45年) 国産化第1号蒸気機関車が完成

1922年(大正11年)自社初の航空機 乙式一型偵察機
松方幸次郎は社長に就任すると、その知識と行動力で、事業を拡大していきます。造船業だけでなく、鉄道車両や飛行機、さらには橋梁などのインフラ建設にまで次々と参入しました。
陸・海・空にまたがる複合企業化を見据えた積極的な経営により、川崎造船所はまたたく間に総合重工業メーカーへと進化を遂げます。特にこの多角化の過程で培われた「航空機エンジン」の高度なノウハウなどが、後にカワサキのモーターサイクル事業へとつながり、数々の名車を生み出す原点のひとつとなっていったのです。

1955年(昭和30年)戦後初の型式認定取得を受けた航空機用エンジン「KAE-240型」(兵庫県神戸市のカワサキ企業博物館「カワサキワールド」に展示。)
実際に航空機に搭載されることはなく、製造はこの1基のみ。
当時の社名は「川崎航空機工業株式会社」。1969年に川崎重工業株式会社に吸収合併されました。
ep5:重工業創業者2人の芸術文化への貢献
重工業メーカーを創業・発展させた川崎正蔵と松方幸次郎は、芸術文化の振興にも力を注ぎました。
正蔵は、海外へ流出する日本の美術品を守るため、積極的に美術品を収集しました。そして1890年(明治23年)9月6日、収集した美術品を展示するため、神戸市布引の川崎邸、現在のJR新神戸駅周辺に日本における私立美術館の先駆けとなる「川崎美術館」を設立します。
一方、幸次郎は第一次世界大戦下のヨーロッパで、絵画や彫刻などの西洋美術品を数多く収集しました。パリで8,000点以上の浮世絵を買い集めた背景には、「日本の浮世絵が外国にあり、本家である日本にないのは残念だ」という思いがあったとされています。
幸次郎の活動は、単なる美術品の収集ではありませんでした。海外に渡った日本の美術品を日本へ戻し、次の世代へ伝えるという大きな使命を担っていたのです。
そうして収集された美術品は、約1万点以上。に及びました。「日本の若者たちに本物を見せたい」という思いから生まれたコレクションは、現在の国立西洋美術館の基礎となった「松方コレクション」として知られています。
事業で得た成果を自分だけのものにせず、社会や日本の文化の発展に還元する。正蔵と幸次郎の活動からは、ものづくりだけでなく、文化を未来へつなぐ強い意志も読み取れます。
その歴史的なつながりは現在も続いています。2023年3月17日、川崎重工業は国立西洋美術館のオフィシャルパートナーに就任しました。
川崎重工:「カワる、サキへ。」川崎重工 × 国立西洋美術館 オフィシャルパートナー篇
youtu.beまとめ:そのDNAはカワサキモーターサイクルやJET SKIにも受け継がれている

安全な乗り物をつくるという不屈のスピリット。世界を見据え、未知の領域へ果敢に挑み続ける探求心。そして、培った技術を次の分野へ応用する発想力。川崎正蔵と松方幸次郎が築いた企業DNAは、過去の歴史にとどまらず、現在のカワサキモーターサイクルやJET SKIにも受け継がれています。
Zブランドを象徴するZ1と、そのスタイルを現代に昇華させた「Z900RS」
スーパーチャージドエンジンによる圧倒的なパフォーマンスを追求したクローズドコース専用モデルの「Ninja H2R」とそれを公道走行可能としたモデル「Ninja H2」
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世界初のストロングハイブリッドモーターサイクル「Ninja 7 Hybrid」「Z7 Hybrid」
パーソナルウォータークラフトのパイオニア「JET SKI」
カワサキは時代ごとに新しい技術と価値を提案してきました。
カワサキのバイクやJET SKIを楽しむそのひとときは、安全性、技術革新、挑戦を追求してきた創業者たちの精神と、重工業メーカーとしての長い歴史が息づくブランドの価値を感じていただく機会でもあります。
カワサキの次の一台を選ぶときは、デザインや走行性能に加えて、その背景にあるものづくりの歴史にも注目してみてください。
まとめ:Kawasaki Good Times Journal 編集部







